オプトホールディング代表から見るソウルドアウト立ち上げ前夜とは?

2009年に立ち上げられたソウルドアウト。ソウルドアウトの代表を務める荻原は、株式会社オプトの営業部門の執行役員を務めていました。そこから起業に至った背景には、オプトが大切にしている文化とも深い関わりがありました。オプトグループの社内起業でも、成功事例とされるソウルドアウト。その立ち上げ前夜を、株式会社オプトホールディング 代表取締役社長 グループCEOの鉢嶺登氏に伺います。

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鉢嶺 登(はちみね・のぼる)

株式会社オプトホールディング 代表取締役社長 グループCEO。1991年早稲田大学商学部卒業。森ビル株式会社にて3年間の勤務後、FAXなどを主にしたダイレクトマーケティング事業を手がける有限会社デカレッグスを設立し、翌1995年、社名を株式会社オプトへと変更。ジャスダックを経て、2013年に東証一部上場。2015年に持株会社制へ移行。

株式会社オプトホールディングは、グループ連結従業員数1488名(2016年12月末現在)、売上高698億円(2016年12月期実績 ※連結)。

2000年。混沌とした中で、オプトを一緒に創ってきた荻原

荻原:私がオプトに入社したのは、2000年でした。起業が上手くいかず、東京に戻ってきた年です。その時に、株式会社サイバーエージェントの藤田さんが私と同い年で最年少上場した事をTVで見て、大きな衝撃を受けました。それから転職先として、ネットマーケティング関連の会社を探し、オプトに出会って「ここだ!」と思いました。でも入社したら、ベンチャーならではの、凄まじい雰囲気でしたよね。

鉢嶺:あの頃は混沌としていたよね。

荻原:はい、そう思います。一方では大声出して盛り上がっているし、一方では怒号が鳴り響いているし、「さすがベンチャー企業だな!」と当時は思っていました。

鉢嶺:昔は一匹狼的なやつが多かったから。一人一人が優秀な営業マンだった。「俺は誰にも負けないぞ!」みたいな。そういう意味では刺激的な組織だったよね。

―――入社後は、荻原さんもその一人に?

荻原:いやいや。先輩方のキャラクターに比べれば全然です(笑)

鉢嶺:ちょうど2001年から会社が急速に伸びてきたんです。だからオギ(荻原の事を鉢嶺グループCEOは通常オギと呼ぶので、そのままオギで以下文章でも通します。)も含めて、2000年ぐらいに入ってきた人たちが業績をけん引してくれていた。皆で毎月の数字競い合っていましたね。当時はパソコン上で毎月の、粗利額のランキングを全員が全部わかっていた状態でした。

荻原:そうです。そんな環境だったので、営業マンは皆ぎりぎりまで数字を入力せずに、見込み案件を報告せずに隠していました。そして最終日に入力して「よっしゃ1位だ!」ってやっていましたね(笑)

鉢嶺:そうだったね。それで優秀者を表彰していたから、みんな隠し玉を持っていてね。楽しかったよね。(笑)オギも営業として、メキメキと頭角を現していって。

荻原:そうですね、懐かしいです。

―――ソウルドアウトを立ち上げよう、と思ったのはどういうタイミングだったんですか?

荻原:ソウルドアウトを作りたい、と思ったのは2009年の夏ごろです。その時は、オプトに入社して10年が経過したときでもあり、プライベートでは子供が生まれました。この二つが重なった事もあって、区切りの年だと考え、翌年から新しい事に踏み出そうという意欲も高まっていました。そして以前からやりたかった、中小・ベンチャー企業の支援に特化した事業を立ち上げよう、と。

鉢嶺:食事してる時に、事業計画も出してきたもんね。

荻原:はい。Wordでつくった簡単なものでしたが、構想は出来上がっていました。

―――荻原さんが立ち上げたいっていう話をお聞きし、率直にどのように思いましたか?

鉢嶺:もともとオギはこの領域への想いがあるし、任せてもいいと思っていました。それに地方や中小・ベンチャー企業のマーケットはあるだろうけど、まだ誰も本格的に手をつけてはいないし、機会はある、と感じていました。それに社内で同じポジションに居座るっていうよりはどんどんチャレンジしろよ、っていう想いも強くありましたから。

創業メンバー募集で、社内から応募が殺到

―――立ち上げが決まってから、会社設立までどんな経緯があったのでしょうか?

鉢嶺:ソウルドアウトを起こす時は、まずオプトの全社会議でメンバーを公募したんですね。オギが資料を作成して、プレゼンを行ったわけです。「地方・中小マーケット向けの会社立ち上げます。一緒にソウルドアウトやりたい人募集!」って。

荻原:懐かしいですね。

鉢嶺:そしたら、50人以上も応募が来たんだよな。それまで新規事業で公募しても、数人しかこなかったのに。

荻原:ありがたいことです。

鉢嶺:でもやっぱり人望があったよね、昔から。

荻原:いえいえ。

鉢嶺:まあ、立ち上げてから軌道に乗るまでの数年間は、オプトのメンバーから色々意見ももらったけど。(笑)優秀な人材が分散してしまって良いんですか?というようなね。

荻原:確かに、そういう噂は耳にしたことがあります。

鉢嶺:他にもオプトを一回辞めて転職していった人たちも、次々とソウルドアウトに入社していて、皆驚いていた。オプトの会議では、「荻原さんの肩持ちすぎですよ」なんて言われたこともあったな。

荻原:当の本人の私たちは、立ち上げの時期だったので、とにかく必死に踏ん張っていました。もしかしたら会社が潰れるかもしれませんし、全員が必死で。なので、噂を気にしていられる余裕も無かったのが正直なところでした。

鉢嶺:そうだよね。

荻原:それに私の強みの1つは、鈍感力というのもあると思っています。細かいことに敏感になりすぎると、気にしてしまって、スピードが低下しますし、デカいことができないと思うんです。前に進めないんですよ。

鉢嶺:うん、鈍感の方が良い。そんな中でも俺は、ソウルドアウトは大丈夫だと思っていて。確かA4の紙一枚にビジョンが全部図になってまとまっていたよね。

荻原:はい。経営システムを描いた図があります。

鉢嶺:そうそう。その資料を見て、未来の青写真と現状の立ち位置をオギは見えているな、というのがわかったから。それを見て、「あ、こいつは大丈夫だな」と思ったんです。

鉢嶺さんから見る、ソウルドアウト成功の理由

―――鉢嶺さんは、昔からオプトで社長輩出したいという想いがあったのでしょうか?

鉢嶺:もともとオプトの社是も「一人一人が社長」。みんなそれぞれが自立していくことが幸せだと思っています。その象徴の1つとして、経営者というポジションがある。私自身も社長やっていて楽しかったから、ひとりでも多く社長を経験してほしいという想いがもともとあったんですよ。

荻原:社長は、やっぱり「ベンチャー」が好きですよね。社長はブレずにずっと同じことを言っているので、頭にこびりついています。自分の中でもやっぱりそんな自覚がだんだん生まれていきました。

鉢嶺:刷り込まれてるとは嬉しいね(笑)

荻原:でも社長は、もともと独立起業、アントレプレナー志向を社員に求めていた部分がありましたけど、途中からイントレプレナー(社内起業)へ、と発想が変わりましたよね。

鉢嶺:そうだね。ソウルドアウトもグループ内のお手本みたいな。もともとはオプトからどんどん独立起業していくのも、どんどん応援していた。だけどやっぱり、よくよく独立起業していくメンバーを見ていても、会社の成長スピードが速くない。振り返ってみると、自分も起業してから7年間は鳴かず飛ばずだったように、0から会社を立ち上げた時って、潰れそうな時期が何度かあるんだよ。

荻原:そうですよね。

鉢嶺:だったら独立起業じゃなく、オプトグループとして会社を作ればいい。これまで培ってきた信頼、人脈、お客様といった資産があり、一緒にシェアすることで発展できるわけだから。自立して勝手にやりなさい、というよりも「みんなで協力して連携してやりましょう」という感じです。今は、ソウルドアウトの成長スピードをぜひ見てほしいですし、グループ内で起業することを勧めていますね。

荻原:私もグループ連携はとても重要視しています。ソウルドアウトもグループ会社と深く連携しています。そうすると、やっぱり業績は伸びるんですよね。

鉢嶺:そりゃそうだよね。

荻原:例えば会社を作り、その会社の社長になれば、自分の力だけで会社を伸ばしたいっていう気持ちになるのは理解できます。でも、グループで連携して利用できる何かがあるんだったら、連携しまくればいいのに、って思っていますね。遠慮せずに、オプトグループの資源を使って業績を伸ばせばいい、連携含めて経営者の仕事、と思います。例えば、社長に頼んで企業を紹介してもらったり、お客様のところへ一緒に同行してもらったり。業績が上がれば、恩返しになるわけですから。

鉢嶺:そうですね。オギと1対1で打ち合わせすると非常に楽しい。逆に刺激受けて、俺ももっとやらなきゃ、みたいになれます。オプトグループ内でも貴重な関係です。

―――社内起業のお手本のような存在なんですね。ソウルドアウトがここまで伸びたのは、なぜだと思いますか?

鉢嶺:1つはやっぱりオギの経営力。人たらしだから、いろんなところからヒト、モノ、カネを調達してくるところですかね。これは社長の仕事の1つとしてとっても重要。それに株式会社電通やヤフー株式会社とも、どんどん提携をしてくる。その点も上手だなと思って。そこも、人たらしなところなんだけど。

荻原:アライアンスに限らず、意思決定に悩んだりすると、社長のところに経営相談に行きます。そうしたら、こういうところを気をつけなさいとか、曲がり角の先にはこれがあるぞ、などと具体的にアドバイスをいただけます。つまりソウルドアウトで今後起きるであろう未来を、先に教えてもらえるんです。直接、社長に相談できるって言うことはグループにいる特権だとも思いますし、アドバイスは本当にいつも助かっています。

鉢嶺:でも、その気をつけろよ、と言ったことを踏まえて、しっかりうまく入りこむ。仲良くなるっていうか。敵がいないよね。業務提携とかもすごいな、と思うんだよね。俺にはできないな。

荻原:ありがとうございます。

鉢嶺:あとオギの想いが全ての根幹にあって、成り立っているのだと思っています。「中小企業をヒトとモノとカネの分野で応援したい」というベースの考え方や想いも全くブレない。だからそういう想いのある人ばっかり、ソウルドアウトには集まってきている。

荻原:はい、それがソウルドアウトの強みだと思っています。

鉢嶺:そうね。それに経営は一人じゃできないから、自分よりも優秀なメンバーを周りに集めて経営チームをつくることが大切だと思うんです。得意と苦手があるのが人だから。自分の苦手な分野が得意な人を連れてこないと話にならない。だから、初めに山家(※現・ソウルドアウト株式会社取締役COO 山家秀一)を連れて行ったとき、「こいつ、わかってるな」と。オギは理念があるリーダーシップ型、そして山家は守りとかロジックとかの戦略系が強い、全然違うタイプ。

荻原:チーム組成をする際は、個の特性を補完する関係が大切だと思っています。あのときは、社長に「山家を引っ張っていいですか?」と聞いたら、「山家がいいっていうなら良いよ」と言われたんです。それで、その夜速攻で山家を飲みに誘って、口説きました。その時、そんなに山家と仲良く、同じチームで仕事をしていた経験があったわけじゃないんですけど。

鉢嶺:仲良くない方がいいんだよ。

荻原:それで「俺は今後、中小・ベンチャー企業専業のWebマーケ支援会社をやろうと思っている。それを一緒にやろう。ということなので、今返事してくれ」と。

鉢嶺:へえ。

荻原:そうしたら、その場で山家が「わかりました、やります」って言ってくれました。実は、当時山家が通っていたMBAの入学動機書に中小企業を支援したい、って書いてあったんですね。「あの時、返事をすぐに出来たのは、この動機が背景にあったので」と言われました。そして、すぐに鉢嶺社長に報告行きました。

鉢嶺:そうそう、まずは2人。自分に無いものを持っている人を選べるかどうかって結構重要だと思う。

ソウルドアウトは、マーケットでNo.1になれる可能性がある

―――鉢嶺さんから見て、荻原さんは社長になって何か変わりましたか?

鉢嶺:やっぱりソウルドアウトの社長になってから、圧倒的に成長したと感じています。オプトの営業のトップだったし執行役員までなってるから、それはもちろん優秀で活躍もしていたけど。

荻原:ありがとうございます。確かに、社長になると、意思決定の範囲が広がりますし、最終ラインの緊張感があります。

鉢嶺:本当に、社長にして正解だと思ってる。オギは今まで以上に勉強するようになったし、意識も発言も変わった。会うたびに、すごく勉強してるな、っていうのがわかる。

荻原:私の中で、「社長の器が会社の器」という危機感というか、恐怖感は常にあります。そう考えると、自分の経験だけで判断していては枠を超えられない。ケースやメソッドからも貪欲に学んで知識をつけて、実践で素早く繰り返す。それしか恐怖感を拭える方法はないだろうな、って思っています。

鉢嶺:本もたくさん読んでいたし、大学院に行き始めた。最初に見せてくれたA4の紙がどんどんアップデートされていっている。社会のニーズとオギがやりたい想いがくっついている。さらにマーケットを見て、戦略に落とし込まれている。打ち手が、私から聞いていても納得できた。だから最初は成果が出てなくても、いずれ成果は出るなと思っていたよ。

―――鉢嶺さんがソウルドアウトに今後期待することを教えてください。

鉢嶺:これから地方の中小企業も含めて、あらゆる企業がデジタル化していかざるを得なくなる時代が来る。そうなると東京にはサポートする会社はたくさんいるけど、地方で、しかも中小企業向けになればなるほど、そのデジタル化をサポートしてくれる会社はない。

荻原:そうなんです。特に地方では、まだまだデジタル領域のマーケティング支援ができる会社の数は少ないと思っています。例えば、紙のチラシやDMを実施しようと思えば、印刷会社は全国に2万社以上ありますし、広告会社もいます。相談できる相手が近くにいます。でも、デジタル領域になると少数となってしまうのが現実です。

鉢嶺:逆に言うと、ソウルドアウトの顧客の、地方の有望な会社が伸びていくことによって、地方経済を盛り上げるっていうこともできる。そうして日本経済に貢献する、チャンスはめちゃくちゃある。

荻原:はい。

鉢嶺:それもソウルドアウトが直接営業所を出すだけではなく、地方で協力関係にある方々とのネットワークも持っているしね。

荻原:はい、そうなんです。地方には私たちと同じ志の方がたくさんいたんです。そういう方々とどんどん繋がっていっています。どんどん仲間が増えている感じがしています。

鉢嶺:そうそう。そうなっていった経緯も、もともとの想いと手段の実現性がものすごく紐付いているからだと思う。それに今は、お客様に広告を提供するという関係だけではなくて、マーケティング領域はもちろん、人材もIT化もサポートしている。

荻原:経営者の方々のニーズをお聞きすればするほど、そのような発想でサービスが拡充していきます。その結果、経営者の皆さんとどんどん繋がっていきますし、課題を解決できる経営のパートナーになれると思っています。

鉢嶺:その点がオプトとは異なる点でもあり、ユニークなポイントなんだと思う。でも、地方の中小企業のマーケティング支援って、普通にやれば単価も安いし儲からない、って言われている。

荻原:確かに、そう言われています。

鉢嶺:やっぱり東京で大手のクライアントに営業したほうが効率も良い。そんな中でも地方や中小・ベンチャー企業のマーケットで、収益が出るっていう仕組みを作ったっていうのは素晴らしいことだと思うんですよ。広告会社は、規模の経済が効く。設備投資も必要ないし、参入障壁も低いと言われてる。でも、取扱い高がある一定以上を超えると、規模自体が参入障壁になるんですよ。この取り扱い高が地方の中小マーケットでは今、ソウルドアウトの取扱高が圧倒的。この市場のマーケットリーダーなんだよね。

荻原:はい、私たちがマーケットリーダーだ、という自覚はあります。

鉢嶺:このまま成長していければ、知名度が上がって、信用力もアップするでしょう。地方・中小のマーケットであれば、圧倒的なナンバー1になれる可能性がある。そしたら良いクライアントも集まり、収益性も高まる。それを社員も誇りに思うだろうし、すべてがプラスに循環していくんですよね。マーケットリーダーとして市場を開拓しないといけない大変さも、責任もあるけど、でもそのチャンスがソウルドアウトにはある。

荻原:はい、実際は難しいこともたくさんあるのですが、そういう壁を乗り越えていくのは、私みたいな経験を持つ人間なのかも知れない、だから自分が率先してやるべきだ、とも思っていまして。

鉢嶺:そういう覚悟が大切なんだ。

荻原:企業の売上は信用と感謝を測る物差しだと私は考えています。だから我々が率先して市場をけん引していきたい。多くの中小企業がWebマーケティングの恩恵を受けられれば、地方だって今以上に活性化するはずです。中小・ベンチャー企業が成長していけば、結果として雇用にもつながっていくはずです。そんな社会に好影響を与えるようになりたいです。

鉢嶺:やっぱり社会を変えるっていう志を持つ人がいないと、世の中は発展していかないし、未来の繁栄はないからね。そういう気概を持って、偉業を成し遂げることを信じて、突き進むこと。

荻原:はい。未来を信じて、突き進みたいと思います。今日は、お忙しい中、ありがとうございました。

(公開日:2017年6月6日)