地方の企業を真剣に応援できる会社は、実際にはすごく少ない。お客さんの会社を育てることまで考えられないことが多いんです。

ソウルドアウト代表の荻原は、2016年に中央大学大学院のビジネススクールを卒業しています。そこで師事していたのが、現在の社外取締役である田中洋氏です。中小企業へのブランディングサービスの提供を望む荻原に、マーケティング、ブランドを専門とする田中氏が投げかけたのは意外な問いでした。そんな田中氏が地方・中小企業の支援へ共感した理由の根底には、キャリアの話があるのだとか。2人の師弟関係から、ひもときます。

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田中洋(たなか・ひろし)/中央大学ビジネススクール教授

1951年名古屋市生まれ。マーケティング論・ブランド論専攻。京都大学博士(経済学)。日本マーケティング学会会長。電通でマーケティングディレクターとして21年間実務を経験した後、法政大学経営学部教授、コロンビア大学研究員などを経て現職。社会人のための夜間・土日開講のビジネススクールでマーケティングとブランドの教鞭を執る。トヨタ、日産、GE、マイクロソフトなど多くのグローバル企業で戦略アドバイスや社内研修を行う。著書に『ブランド戦略論』(2017年7月刊予定)、『消費者行動論』(2015)、『マーケティングキーワードベスト50』(2014)、『ブランド戦略全書』(編著、2014)、『ブランド戦略・ケースブック』(共編著、2012)、『マーケティング・リサーチ入門』(共編著、2010)、『消費者行動論体系』(2008)、『企業を高めるブランド戦略』(2002)など。日本広告学会賞(3回)、中央大学学術研究奨励賞、日本マーケティング学会ベストペーパー 賞、東京広告協会白川忍賞などを受賞。

田中先生に学びたくて、大学院へ

―――荻原さんは、大学院に通われて田中先生に師事されていたと伺いました。そもそも、何がきっかけだったのでしょうか?

荻原:きっかけは、今後も私たちのお客様の成長に貢献していくにはどうすればいいんだろう、と考えていたことです。そこで、ソウルドアウトがそれまでサービスとして提供してきたダイレクトマーケティング手法以外を模索していた時に出会ったのが、「企業を高めるブランド戦略」や「大逆転のブランディング」などの田中先生のご著書でした。それで私たちのお客様である中小企業にもブランディングや企業コンセプトの設計が必要だ、と。それで田中先生に直接師事しようと、田中先生がいる大学院を受験したんですね。

田中:そういうのは初めてちゃんと聞いたかな?

荻原:少なくともゼミに入る時にはお伝えしたと思います(笑)

―――田中先生にとっては、荻原さんはどんな学生でしたか?

田中:私は、何回も荻原さんの名前を間違えていましたね。「ハギハラ」さん、とか。

荻原:それはゼミの中でも、ネタになっていましたね(笑)先生は本当にユーモアをお持ちでいらっしゃるから(笑)

田中:まじめなことを言うと、荻原さんは私よりも若いけど多様な経験をされている苦労人というか、老成した印象の方でした。それにソウルドアウトの社員さんとお会いした時も、「荻原さんに惹かれて入社した」という人が少なからずいらっしゃるので、素晴らしいことだなぁ、と。

荻原:いえいえ。先生にそういっていただけるのは光栄です。

田中:私も過去には電通に勤めていて広告のキャリアだったのですが、お話を伺うと普通の広告会社とはいろいろと違うのが、すごく斬新に見えました。

荻原:ありがとうございます。

田中:ビジネススクールに通われていたころの荻原さんについてですが、土曜日も平日の夜も授業はあるし、レポートとかグループワークとかの課題もやらないといけない。時間がかかるんですよね。社長という重責を抱えながら、これを一生懸命2年間おやりになったのは本当に凄いと思いました。

荻原:経営をちゃんと体系的に学びたくて、必死でした。その中でも、先生の授業は他の授業よりも宿題が多かったですし、大変でしたね(笑)

―――そんな田中先生に社外取締役をお願いしたのはどういう経緯だったのですか?

荻原:私たちが提供するサービスはインターネット領域のダイレクトマーケティングに寄っていて、まだまだマーケティング領域全般の視点があったわけではありませんでした。そんな中、先生に社外取締役に就任いただければ、ソウルドアウトは今まで以上にマーケティング視点が磨かれていくのではないか?と考えていました。だからこそ先生に社外取締役として、我々の意思決定にも関わってもらいたい、と。

田中:そうですね。私にとっても、社外取締役はとても良い経験になっています。

荻原:先生には、実際にズバっとご指導いただいています。

田中:役員をお引き受けして改めて思いましたが、社長さんには本当にたくさん仕事がありますね。「荻原さんはこんな仕事やりながら、学生をやっていたんだ」と感心しています。

荻原:ありがとうございます。でも私から突然、社外取締役の就任を依頼された時は、驚かれたのではないでしょうか?

田中:何か自然な、流れだったように思います。それまでも何度かソウルドアウトにはお邪魔していましたので、まったく知らない会社というわけではありませんでしたし。

荻原:先生は、これまでに社外役員を務められたことはなかったんですよね。

田中:他社で顧問や理事などは務めていましたが、社外役員というのはソウルドアウトが初めてです。でも、私もこの会社にはすごく興味があったのは事実です。以前に社員の研修をやって、参加した皆さんのモラール、能力、仕事への意識が非常に高いな、と感じていたことがあります。それに、社員の方々にソウルドアウトに入社した理由を聞くと、地域活性化をしたい、地元を盛り上げたいという回答が多かったのがとても印象的でした。またそれを心強くも思いました。もっと揉まれることでさらに伸びる人たちだと感じましたね。

荻原:ありがとうございます。

マーケティングを中心に置くと、
地方の会社でも勝てる

―――ソウルドアウトの事業である地方や中小企業に、田中先生が共感いただいたのはなぜだったのでしょうか?

田中:それは僕のキャリアの原点が、地方の企業から始まっているからです。1975年ですから、40年くらい前になりますが。

荻原:電通にお勤めの時代ですよね。

田中:そうです。入社後、すぐに三重県の四日市営業所に2年間配属されました。商店街の小さな電器屋さんとかに行って「新聞に広告を出しませんか?」という営業をする仕事をやっていて。1件ずつ回って新規開拓とかしていくんです。

荻原:なるほど。

田中:その時に、地域の活動とか、地域の人々の生活があって、経済があるんだなぁというのを強く感じたのです。また自分の親が名古屋で小規模な材木屋を経営していたこともあり、ソウルドアウトがやっていることには似たところがあります。そういう地場の企業とかかわることは自分の原点だと感じるんですね。

―――では、そこから中小企業のマーケティングやブランディングをするように。

田中:いえ、その後は名古屋、東京と異動しました。その頃、僕はマーケティングをすごくバカにしていて、関心も知識もなにもない状態でした。新聞局という稼いでいる部署にいたので、僕たちは偉いという勘違いです。

荻原:そんな田中先生、想像できないですね。

田中:マーケティングに目覚めたのは、2年くらいのアメリカでの海外研修から戻ってきてからなんです。1985年、34歳頃ですね。その時、マーケティング局に配属になりました。1980年代は、外資系のネスレやアメックス、ユニリーバなどではマーケティングを行うことが当然で、当時からブランドエクィティ戦略にも力を入れていて、マーケティングに興味を持つようになりました。ところが、日本の会社ではマーケティングはさほど重要視されていませんでした。80年代はプロモーションが重要視されていた時代で、特にブランド戦略は、電通社内でもほとんど理解されていないのが実際でした。

荻原:何が変化のきっかけだったのでしょうか?

田中:ひとつのきっかけは、愛知県の知多半島にあるミツカンという会社の仕事をした経験からです。その会社はマーケティングにもともと熱心な企業で、私が外資系企業から学んだマーケティングとブランドの考え方を使った提案をしたら、大きく共感をいただけたんです。私たちが担当している間、競合会社ではなく、私たちの提案がコンペで採用されることが続きました。そこでマーケティング・ブランディングの考え方は、実際に役に立つという経験をしたんですね。

荻原:なるほど。

―――ミツカンさんのように、中小企業がマーケティングの力を最大限活用するには何が足りないのでしょうか?

田中:まずは「マーケティングをやると成功するんだ」という実感を、経営者の方が得ることですね。欧米の会社には成功体験があるんです。マーケティングやブランディングをうまく使って経営に成功した経験を豊富にもっている。例えば、日産自動車のゴーンさんはそういう方です。でも日本の多くの会社の社長さんはそういう成功体験もマーケティングの経験もあまりない人が多い。だから、これからのソウルドアウトは「マーケティングやブランドを信じる」という姿勢を持っていただきたいですね。

荻原:その姿勢はとっても大切だと思っています。それに実際にマーケティングやブランドを活用できる企業の裾野が広がっていきますよね。

田中:まさにソウルドアウトが実践していることですが、今はインターネットによってマーケティングのツールが使いやすく発達してきたので、誰でもマーケティングできる時代になりつつあります。マーケティングの民主化、ですね。

荻原:そうなんですよね。とはいえ、まだまだ中小企業の方にとっては複雑なんだろうとは感じます。専門用語も多いですし。だから、もっとシンプル化できると思っているんです。もっとわかりやすくて使い勝手のいい画面やページ、あとワンタッチで使えるとか。それが次のステージに行くために必要なのではないかと感じます。

中小企業はどうやって
ブランドで勝負をするべきか?

荻原:今日の話もそうですが、私にとって先生の話は面白くて、いつもためになっています。ゼミにいるときから、ことあるごとに先生にご相談していましたが、思ってもいないような切り口で、しかもケースをくっつけて教えていただけるので、脳裏にこびりつく感じというか。言葉も率直に伝えていただけるので、グサッときます。

田中:でも、荻原さんのような人は珍しいよね。

荻原:そうですか?

田中:昔、アーカー先生(※デイヴィッド・アーカー教授。ブランドエクィティ論を発展させた学者)が日本を訪問されて、大手広告代理店で社長をやっていた人のところに私がご案内したことがあるんです。でも、アーカー先生とその社長がお会いしても、全然ブランドの話が通じなかったんですよ。そのすぐ後で、アーカー先生に、私が「社長は先生の話を聞いていなかったですね」と言ったら、アーカー先生は、「あれが普通です。偉い社長って言うのは教授の言うことなんて聞かないもんだ」と言われて。さすがアーカー先生、達観している、と思ったものです(笑)

荻原:そんな話もあるんですね(笑)

田中:社長は独自、独善、俺の考えという人が多いと思っていたのですが、でも荻原さんは、人のいうことを聞く耳を持っていて、とても柔軟ですよね。

―――田中先生に言われたアドバイスで、一番グサッと刺さったのはどんなことですか?

荻原:ブランドのサービスをつくりたいという話をした時に、「その時にブランディングで勝負するのかどうか?」をそもそも、まず決めなさい、と言われたことですね。

田中:中小企業は戦う手段はいくつもありますからね。

荻原:その時、ブランドはいいものだと思い込んでいたので、あれはガツンと来ましたね。

田中:ブランドは1つの手段ですが、ブランドじゃなくてもいい。例えば、近所の八百屋や薬屋さんの名前を憶えていますか?そういう場所にあるお店は、ブランドではなく立地で勝負しています。でも裏道にあったとしても、セブン‐イレブンだから行く、ということがあります。ディスカウントストアは低価格で勝負するけれども、無印良品はそのブランド理念で勝負する。それがブランドで勝負するということですね。つまり、ブランドで勝負するためには、まず、「なぜウチはブランドで勝負しなければならないのか」「ではどのようなブランド理念を持たなければならないのか」をあらかじめ考えていないと、そこから有効な戦略は産まれてこないのです。

―――なるほど。

田中:立地ではなくて、ブランドで勝負するためには、ブランドで勝負する体制をつくる必要があります。なぜブランドを強くしないといけないのか?それをわざわざするのには、何か理由がないといけないのではないかと思っています。ブランドをつくるのは面倒くさいんですよ。それをわざわざするのが、何か理由がないといけないじゃないかと思ったんです。

荻原:おっしゃる通りですね。

田中:でも、中小企業のブランドに対して、そういう構想を持っている人は珍しい。だから、荻原さんのことを、変わっていて面白いと感じたんです。聞き上手でもあるし。それで、いろいろなところの事例をお伝えして。

荻原:そうしたら、先生が「自社のブランディングをまずやってみてはどうでしょうか?自社で得た体験を基に、お客様向けのブランディングのメソッドを作る、という手順で進める。過去にそんな事例もあるし、まずはそこからチャレンジしてみたら?」っておっしゃって。なるほど、確かにそうだな。それではまず自分たちで、自社のブランディングをやってみよう、と思ったんです。

田中:そうすると、自信をもってお客様に提案できますからね。成果の話ができるとできないでは全然違います。これはIT企業一般のマーケティング手法でもありますが、ソウルドアウトにはふさわしい手法ではないでしょうか。

地方に眠るアイデアの種を育てる

―――最後に、ソウルドアウトに期待していることを教えてください。

田中:あらゆる企業は、中小企業から始まります。だからソウルドアウトには、日本の地方から第二のGoogleとかAmazonになる企業を見つけ出してほしいと思っています。

荻原:さすが先生、描くものが大きいですね。

田中:ハワイの地球生物学者ホープ・ジャーレン(Hope Jahren)の言葉に「タネは待ち方を知っている。(…)いったい何を待っているのかは、そのタネだけが知っている。」という言葉があります。彼女は「大木のすべてが、かつては『待っていたタネ』だったのだ」とも言っています。僕はこの言葉がとても好きです。地方にはいろんなタネがある、つまり誰かが偉大な構想をもって待っている。そして誰かが水をかけてあげて初めて、その構想が花開くようになる。だから構想がある人を発見して育ててあげる役割がソウルドアウトの役割なのではないかと思っているのです。

―――タネというと?

田中:例えば大分県に由布院という街があります。この30年でよく知られるようになりました。以前から何度か取材で訪問したことがあるのですが、そもそも由布院が発展していくためには土地自体に不利な条件がいくつもあったのです。盆地で山の陰にあって農業には不利な土地で、温泉地としては日本一の湯量を誇る別府の陰に隠れていた。でも、由布院の二人の旅館の主人が由布院をどのような街にしていくか、優れた構想力を持っていて、そこから伸びていったんです。それぞれの地域で構想力のある、タネをもった人は、必ずいます。

荻原:構想力、いいですね。私はソウルドアウトで、お客様の成長に貢献したい。それだけの想いでやってきました。だから、先生の言葉は刺さります。

田中:ただ、その構想がうまく行くかはまた別の問題です。だからソウルドアウトには、その種をうまく見つけてきて引っ張り上げるというミッションを持っていただきたいですね。それは、ものすごく世の中のために役に立つと思います。

荻原:そうやってお客様が1社また1社とどんどん成長していって、日本発世界、となっていけばうれしいです。

田中:地方の企業を真剣に応援できる会社は、実際にはすごく少ないと思えます。広告会社はたくさんありますが、お客様の会社を育てることまで考えられないことが多いんです。だから、ソウルドアウトの目指していることは、これからさらに重要になっていくと思います。

荻原:ありがとうございます。これからもマーケティングの技術を磨いていきたいと思います。

(公開日:2017年6月6日)