サーチライフ。社名の由来は「検索命」ではなく「人生を探す」という意味です

ヒストリー
2017.11.09
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【社長と対談シリーズ】第4回は、株式会社サーチライフ代表取締役社長・山中仁史氏。Web広告の中でも細やかな作業が必要な運用型広告。その運用の裏側には、細かなデータの調整などの作業がある。ソウルドアウト株式会社のグループ会社である株式会社サーチライフでは、そういった運用型広告の作業(オペレーション)を代行するサービスや、広告会社のスタッフ向けの教育サービスを展開しています。一見すると、ソウルドアウトの競合を支援するようにも見えるサービスを展開しているサーチライフ社。グループ会社として同じ理想を追う裏側には、2人の社長の共通の経験がありました。

荻原 猛(おぎわら たけし)
代表取締役社長
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荻原 猛(おぎわら たけし)
1973年生まれ。中央大学大学院戦略経営研究科修了。経営修士(マーケティング専攻)大学卒業後、起業。2000年6月に株式会社オプトに入社。2006年4月に広告部門の執行役員に就任。2009年に当社を設立し、代表取締役社長に就任。著書に『ネットビジネス・ケースブック』(2017年 同文舘出版 田中洋共著)がある。
山中 仁史(やまなか ひとし)
株式会社サーチライフ代表取締役社長
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山中 仁史(やまなか ひとし)
日本大学芸術学部映画学科卒業、広告代理店での広告営業を経て、株式会社エキサイトへ入社。その後、マイクロソフト株式会社、オーバーチュア株式会社(現ヤフー株式会社)へ入社。推奨認定代理店制度を企画・導入し、着任後3年間で売上を5000%以上に拡大。2006年、株式会社オプト入社。広告代理カンパニープレジデント就任。SEM研究所を開設し、SEM業界におけるノウハウの 蓄積とブランド力を向上するかたわら、セールスプランニング部を開設し、SEMを主軸にした新規獲得チームを構成、新規顧客獲得の大きな要に成長。さらに「スモールビジネスプロジェクト」を開設し、社内における少額リスティング広告の運用を体系化させる。
2009年、株式会社サーチライフ設立。代表取締役就任。それまでの「スモールビジネスプロジェクト」から、少額リスティング広告の「運用代行」専門サービス事業を開始。追って「教育」「事業コンサルティング」「営業支援」のサービスなど、ネット広告事業の全体的な支援体制を整え、現在に至る。

出会いのインパクトが忘れられません。

荻原:実は山中さんは、業界の有名人ですよね。広告代理店での勤務を経て、これからインターネットだ!という時代に、いつもそのど真ん中にいたというか。

山中:そうですね。業界歴はまもなく20年です。1998年にエキサイトに入って、マイクロソフトを経て、オーバーチュアに行きました。運用型広告にしっかりと関わり始めたのはオーバーチュアが日本でローンチされた2003年です。

荻原:運用型広告への先見の明が、すごいですね。社名もサーチライフ、「検索命」ですからね(笑)検索連動型広告、運用型広告が大好きですよね。

山中:いやいや(笑)実は、社名は「検索命」ではなく、「人生を探す」という意味サーチライフだったんですけど。だけど、検索命とか言われるようになってしまって。確かに当時からずっと検索連動型広告や運用型広告自体が面白いとは思っていて、検索命でもあったんですけどね。

荻原:日本に来たばかりだったオーバーチュアに転職したのは、どういう経緯だったんですか?

山中:実はオーバーチュアが日本に来るという時、僕がマイクロソフトMSNのオーバーチュア担当者でした。英文の契約書を作ってる時から関わっていて、「これはすごいものが来る」と僕は震えていました。オーバーチュアは、世界で初めての検索連動型広告です。もちろんGoogle AdWordsよりも早い。収益性、ビジネスモデル、アメリカの事例のすべてが斬新だったんです。僕がマイクロソフトMSNの社員としてオーバーチュアに関わる中で、オーバーチュアの社長にこの商品のセールスを引っ張ってくれないかと声をかけられたんです。それで、すぐに転職を決めましたね。

荻原:その後、僕はオーバーチュアで山中さんにお会いしました。当時、山中さんに初めてお会いした時の話をしていいですか?すごく衝撃的だったので。

山中:もちろんです。

荻原:当時オプトで営業部長をしていた私は、外資系のオーバーチュアというサービスがこれから伸びるから内容を把握したい、ということでお伺いしたんです。そうしたら60歳くらいの老獪な社長とバリバリのキャリアウーマンの外国人女性、いかにも分析が得意です!と言わんばかりの若い眼鏡の男性。極めつけは山中さん。腕組してドーンと立ってると、見た目の迫力が半端ないんです。それぞれのキャラがとにかく立ちまくってて、…本当にアニメの世界みたいでした(笑)

山中:(笑)

荻原:山中さんが立っているだけで、こっちは緊張しましたからね。体格が違いすぎて(笑)その初対面も驚きでしたが、その数年後に山中さんがオプトに入社される、と聞いてさらに驚きました。山中さんが入ってくれたら、オプトはもう一段、確実にステップアップできる。嬉しかったですね。

―――どうして、山中さんはオプトに?

山中:オプトは僕が入社する2007年度から、組織を大きく2つに分けたんですが、そのうちの1つのトップをやってほしいとお声かけいただいたんです。

荻原:2つのうちのもう一方の組織は、僕がトップとして組織を見ていました。それから組織のトップ同士として一緒にお仕事をすることになり、いろいろと情報交換などもしていましたね。当時、山中さんの組織はどれくらいの規模でしたか?

山中:300人近くいましたね。

荻原:すごい。僕の組織は50人ぐらいでした。

―――はじめの頃の荻原さんの印象はどうでしたか?

山中:割と寡黙なイメージがあったんで、とっつきづらいと最初は思ってたんです。ですが実際にお話すると、優しくて魅力的な話しやすい人だと印象が変わりましたね。それに義理堅くて、ものすごく人間味があって、すごくアツい。僕の方が7歳上ですが、とても相談しやすくて、頼りがいがある人だなと感じましたね。印象は全然変わっていません。

荻原:ありがとうございます。

―――組織を2つに分けた時は、芽生えたライバル心とかはなかったのですか?

荻原:そんなにはなかったですね。ただ山中さんは300人も見ているから、大変だろうなとは思っていました。僕のチームは少人数で中堅から大手規模のお客さんを見るチームで、山中さんのチームは運用型広告を中心にしたチームでしたね。

山中:そうです。僕から見ると、荻原さんのチームは大手のお客様だからトータルソリューションの提案になるし、メンバーも重鎮が多かったので、大変そうだなと思っていました。

中小企業を助けるために、中小規模の広告会社を助ける会社としてサーチライフを立ち上げ

荻原:そうやっていたら、今度は山中さんが会社を立ち上げるとおっしゃって。またびっくりしました。

山中:想いがあって引きずってたところがあったので。

―――想い、ですか?

山中:そうです、当時オプトでも中堅・中小企業に対してサービスを提供できるのが嬉しかったんですね。運用型広告は予算が大きくても小さくても、設定や広告配信にかかる工数はあまり変わりません。そうすると広告費の一部をもらう従来のビジネスモデルでは、どうしても広告予算の小さい中小企業の支援は収益が出にくく、後回しになるんです。そういう業界構造もあって、オーバーチュアにいたころは中小企業や中小規模の広告会社への支援が十分にできなかったんです。うちの親父も地方で中小企業をやっていたという背景もあって、中小企業を支援できないのはもどかしかったですね。これは荻原さんの過去にも近いですね。

荻原:実は山中さんと僕は同じ栃木出身で、しかも隣町ですからね。

山中:そうなんです(笑)会社をつくったのは、当時オプトではどちらかというと大手のお客様を重視するという流れがあって、自分なりの焦りがあったからです。

荻原:聞いたときは、驚きましたよね。オプトでなんでもできるようなポジションだったのに、もっとリスティング広告に特化して、しかも小規模の広告会社を支援する、と。

山中:とはいえ最初から会社をつくったわけではなくて、まずはオプトの中で中小企業向けのサービスを提案し、中小規模の広告会社に売っていました。それに手ごたえを感じ、サーチライフの設立をしました。

―――自分がやるべきところはそっちだろうという使命感が?

山中:そうですね。中小規模の広告会社を支援すると、ひいてはその先にいる中小企業も伸びる。直接、中小企業のお客様にあたるのは難しいと思っていましたが、広告会社を支援することで中小企業を引き上げてくというアイデアは、ずっと温めていたものでした。

荻原:そのために作った収益モデルも僕には衝撃でした。まったく違う発想でしたよね。

山中:当時の他のどの会社のどこもやっていない先駆けというか、新しい仕組みでしたからね。

―――どういうサービスだったんですか?

山中:広告会社としての収益の上げ方を広告費に比例して手数料としてもらうのではなくて、広告費の多寡にかかわらず同じ価格でサービスを提供するというビジネスモデルです。例えば広告費が10万でも50万でも、私たちに払うのは3万円で固定。これならば予算が小さくてもきちんとリスティング広告が出せますし、私たちの利益も確保できます。

荻原:当時の僕は手数料モデルしか頭になかったから、もうびっくりで。山中さんは、自分の前を走っているような感覚でしたね。実はオプトにいたころから、僕も中小企業の支援がやりたくて、役員陣にもその意思をずっと伝えていたんです。そうしている間に山中さんは、僕の思いつかなかった新しいビジネスモデルで全国展開をしようとしている。しかも、それを沖縄でやると言うんです。

山中:固定費モデルでは、生産性をどう上げるか、つまりコストをどう下げるかがキーになります。そこで沖縄でコストを抑えた効率的な運用体制をつくっていこうと思っていました。そうしたら収益は当然上がるし、お客様が払う固定費もどんどん安くできると考えていました。

荻原:採用やオフィスの費用もかなり抑えられたんですよね。

山中:当時、沖縄には県外の企業が移転すると、すごく安くオフィスを借りられる仕組みや、採用や教育のための助成金もありました。それはとてもありがたかったですね。今は沖縄にネット広告運用スタッフチームを持っている会社はいくつもありますが、サーチライフが最初だったと思います。

荻原:確かに、今は何社もありますね。

山中:そうなんです。アイデアは、いつも半歩ぐらい早いですね。

荻原:山中さんに懐いてる“教育が大好きなメンバー”がサーチライフに入社して、スタッフ教育のために何年か沖縄で働いてましたよね。東京で働いていた子を、自分の会社に入社させてさらに沖縄に行かせるってすごい求心力ですね。

山中:何よりも、沖縄が魅力的な場所だったんでしょうね。他の地域だと行きたがらない子もいますが、沖縄だと皆行きたがる(笑)立ち上げのメンバーは6人くらいでしたが、1~3年くらいは沖縄で働いてもらうメンバーもいました。 あとお取引先も「沖縄でやっているので視察に来ませんか?」と言うと、皆さん喜んで来てくださるんです。

本当に困っている時に、助けてくれたのが荻原さんでした

―――今サーチライフは、ソウルドアウトグループですよね。その経緯を教えてください。

荻原:もともとはソウルドアウト自身が、サーチライフのお客さんでした。まさに中小規模の広告会社でしたからね。特に立ち上げ当時のソウルドアウトは、中心メンバーが営業だったので、広告運用を山中さんの会社にお願いしていました。

山中:はい。そして2012年頃、僕と一緒にやっていたサーチライフの中心メンバーが退職することになったんです。現場は彼にまかせてたので、残るのは派遣の女の子と、派遣から社員になったばかりのスタッフ、そして新卒の社員しかいないという状況で。それで僕が途方に暮れていたら、「一緒に、やり方を考えましょう」と言ってくれたのが、荻原さんだったんです。

―――サーチライフにとって、救いの手だったんですね。

山中:まさにそうです。僕が本当に困っていた経験値の高いスタッフがいない、という問題についても、ソウルドアウトの第一線で活躍する優秀な社員を2人も出向させてくれました。その1人である伊藤雄剛(現ソウルドアウト株式会社 執行役員)は、サーチライフの営業面とサービス面の両方を一気に改革してくれました。

荻原:もちろん山中さんを助けたいという気持ちもありますが、サーチライフは僕たちのお客さんである中小企業さんにとっても本当に重要な事業をしていると思っていました。

――中小企業さんにとってですか?

荻原:はい。その頃、ソウルドアウトは地方に営業所をつくって、直接的に中小企業さんに声をかけていました。ところが地方に行くほど、地場に根付いた広告会社さんやWeb制作会社さんがいて、お客さんの方から「やるならば、その会社と一緒にやってください」と言われることが多かったんです。それが地方のルールというか、会社同士のつながりの強さを感じましたね。

山中:そうですよね。

荻原:最初はそういう地場の企業を競合かと思っていたのですが、そうではないと気が付いたんです。むしろ彼らは地域のことを本当によくご存じですし、仕事をご一緒すると僕らに胸襟を開いてくれる方もたくさんいらっしゃる。むしろ、そういう会社と一緒に地方を盛り上げていけるのではないかと思い始めたんです。そういう時に、そういえば山中さんの会社ってまさにそういう方と一緒に仕事をされていると思いだしたんですね。

山中:それがちょうど僕が困っていた時期だったんですね。

荻原:そうです。

山中:それで今の形に近づいていきました。

サーチライフの教育事業「ジッセン!」は顧客の声から生まれた

山中:ただ、グループ会社になって営業やサービスを改革していく中で、サーチライフの中で新たな課題が見えてきました。

――それはどんな?

山中:僕たちのお客さんである広告会社の1番の課題は、人材不足なんです。それを解決するために、今までは広告の運用代行をアウトソーシングして受けていたんですが、さらに「広告会社の中に社員はいるけど、広告運用のノウハウがない」という課題も見えてきたんです。

荻原:それは特にどういう時に感じたんですか?

山中:その頃からサーチライフとして何社もの広告会社を支援していたので、広告会社の経営の勉強会を僕がたまにやっていたんですね。その中で広告会社さんの悩みを聞いていると、中小規模の広告会社は、社員を教育担当者にしたり、集合型の研修をしたりするほど、人手の余裕がないということが分かりました。新しく入った社員を育てたくても、他の業務で精いっぱいで手をかけられないんですよ。それで「サーチライフにもっと社員の育成もみてほしい」と言われるようになったんです。

荻原:そういうお客様の声を聞いて、教育事業を始めたんですね。

山中:そうです。最初は対面型のセミナーから始めましたが、今ではネットさえあればどこでも講義が受けられるようにオンライン動画で勉強ができるサービス「ジッセン! オンライン」として、多くのお客様に利用いただいています。

ジッセン

荻原:この動画が、またすごいですよね。デジタルハリウッド株式会社のかなり本格的なスタジオを借りて、動画は撮影されている。しかも山中さんは有名人だから、この業界で有名な方に先生をお願いできる。だから、ジッセン!の出演者はかなり豪華なメンバーだと思います。

山中:そうですね、オーバーチュアやマイクロソフト時代の同僚とか部下に講師をお願いすることもあります。そういうこともあってか、今は7000人以上のWebマーケターにジッセン!に登録をいただいています。また最近では大手化粧品会社のWeb部門の勉強用教材として、ジッセン!が採用されるなど、ご活用いただいていますね。

荻原:Webマーケティング専門のe-learningとしては、あっという間に視聴数日本一ですからね。テクノロジーが進化する分、ずっと新しい知識をいれないといけない分野だから、継続して契約をされるお客様も多いですよね。

山中:はい。当然、情報が変わると古い動画は撮りなおすんですが、新しいものもどんどん増えていますね。今も月10本ベースで撮影しています。

荻原:サーチライフの教育事業には、ソウルドアウトもずいぶん助けられています。2013年からソウルドアウトでは新卒採用を始めたんですが、その最初の集合研修はサーチライフにやってもらっていますし、必ずジッセン!も見てもらっています。さらにそこで研修を受けた新卒社員の何人かは、そのままサーチライフに出向してもらっています。そこで運用のオペレーションを覚えたりしてもらって、バリバリと訓練されてまた戻ってくるイメージです。

今後も、山中さんにはグループを一緒に支えてほしい

荻原:僕が山中さんと一緒にやっていて「すごい」と思うことが3つあるんです。1つは、社長になって長いのに、いまだにトップ営業を欠かさないことです。向こうの役員とか社長相手に、どんどん営業に行きますよね。

山中:そうですね、先週行ったアポも全て社長でした。

荻原:2つ目は世話焼きだから、色々コンサルティングをしていること。提供サービス以外のこともアドバイスしてますよね。あと3つ目が客のニーズから入ってサービス作ること。教育事業のジッセン!も自分たちのやりたいことじゃなくて、お客さんがほしいもの、必要とされているものをやろうとしますよね。

山中:そうですね。求められているから、どういうことをしたらできるのか、を考えます。

荻原:そういう顧客起点の意思決定、僕は大好きなんですよ。さすがだなと思ってて。

山中:いえいえ。

―――荻原さんは、サーチライフにこれからどんなことを期待されているんですか?

荻原:まずは、広告代理店の支援を通じて、たくさんの中小企業の方の支援をされているので、それを引き続きやっていってほしいです。

山中:はい。

荻原:あとすごく助かっているのは、グループ会社間へのアドバイスですね。ソウルドアウトは、グループ連結経営をしているので、経営会議というのがあるんです。僕が議長をやって、ソウルドアウトの執行役員以上とグループ会社の社長が出席し、重要な意思決定をする会議です。そういう時に、ソウルドアウトでやろうと思っていることの案を出すと、山中さんがいろいろな意見をくださるんです。僕らの知らないような広告会社のことをよく知っている山中さんからの客観的なアドバイスは本当に嬉しいですし、貴重ですね。

山中:ありがとうございます。

荻原:今後もそういう方針でグループ間の連携を強化していきたいと思います。あとサーチライフは、もっと会社の規模が大きくなってもいいですよね。

山中:そうですね。

荻原:サーチライフは、本当に少数精鋭なんですよ。今、30名くらいですか?

山中:ちょうど30人を超えたところです。

荻原:これからもっと大きくなっても、一人ひとりの戦闘力は上げ続けてほしい。サーチライフが伸びていくのが楽しみです。今日はありがとうございました。

山中:こちらこそ、ありがとうございました。

パンくず