社内の新規事業から東証一部上場企業へ。ローンチ失敗や組織課題を乗り越え、急成長を遂げた道のりとは。

トーク
2020.03.02
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プレスリリース配信サービスの先駆けとして、大切な情報を伝えたい企業とメディア、そしてその先にいる生活者をつないでいるPR TIMES。グループの新規事業としてスタートしてから、東証マザーズ上場そして、東証一部への市場変更と成長を遂げる背景には、知られざる苦悩があったそうです。創業からどんな想いで会社を経営してきたのか、株式会社PR TIMES 代表取締役社長の山口拓己氏にソウルドアウト株式会社 取締役CMO美濃部哲也がお話を伺いました。

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山口 拓己(やまぐち たくみ)
株式会社PR TIMES 代表取締役社長
プロフィールをみる
山口 拓己(やまぐち たくみ)
1974年生まれ。1996年に証券会社でキャリアをスタート。その後、ITベンチャー・コンサルティングファームを経て、2006年に株式会社ベクトルに入社、同社取締役就任。2009年に株式会社PR TIMESの代表取締役社長に就任。2016年東証マザーズ上場、2018年東証一部へと市場変更。
美濃部 哲也(みのべ てつや)
ソウルドアウト株式会社 取締役CMO

透明性高くありのままを伝えることで、興味を持った人に深く届く

美濃部:はじめに、事業内容についてお聞かせください。

山口:プレスリリースの配信サービスを運営しています。配信先のメディアは1万2,000件を超え、平均すると一度のリリースで約35媒体に転載されています。PR TIMES自体が月間2,000万ページビューを超えるメディアとしての機能を担うだけではなく、1万6,000人を超える記者やライターの方々にも、能動的に欲しい情報を探す場として活用していただいています。

美濃部:たしかに、PR TIMESで配信を行うことで、メディアの方がご覧になり、記憶にとどめていただいている印象があります。私も事業責任者を任されていた時代、PR活動にかなりの力を入れており、その際もPR TIMESを利用していました。その時は、プレスリリースで継続的に情報発信を行い、メディアの方の目に止まるようになり、少し経つとテレビ東京の「カンブリア宮殿」の取材をいただきました。一つ一つの配信がジャブのように効いていき、ある時に大きな成果がでる。そんなイメージがありますね。

それでは、中小・ベンチャー企業の活用事例を教えていただけないでしょうか。

山口: まず中小・ベンチャー企業の人に参考にしてほしいPRのスタンスについて具体例でご紹介します。and factory社の広報の方の入社前のエピソードなのですが、最終面接に向かおうとしたときに、お子さんの体調が悪くなってしまい、どうしてもお子さんから離れられなくなってしまったそうなんです。面接の担当者に相談したところ、「連れてきていただいて問題ないですよ」と。その方は子育てが大変で、場合によっては仕事にも支障が出るかもしれないということも会社に伝えて、結果として採用されました。

お互いが良いところだけ切り取って伝えるのではなく、このように透明性をもってコミュニケーションを行うというのは、広報・PRにとって非常に重要な部分だと思います。特に中小・ベンチャーだからこそ、大企業よりも独自のスタンスを持ちやすいのではないかと思いますので、まず「透明性」を持ってコミュニケーションをし、そういう事例をPRにも活用していくといいと思います。

もう一つの事例は京都の市田商店さんという、寝具など眠りにまつわる商品を企画・販売している専門店。元々、展示会で百貨店や流通の人たちに商品の情報を伝えていました。主力商品リニューアルの際に広告出稿を検討したのですが、費用対効果が合わない。そんなときにPR TIMESを知り合いの経営者から教えてもらい、プレスリリースを出してみたところ、睡眠に関心がある顕在層だけでなく、美容や健康など広告でターゲットにしていなかった方たちからも興味を持ってもらえたんです。こういう部分がまさにPRの可能性を示していると考えています。

美濃部:顕在層にフォーカスしたマーケティングばかりだと、新しいユーザーを発見しにくくなってしまいますね。PRを行っていくと新しい出会いが生まれ、ユーザーは今まで見えていなかったものに気づく機会になりますね。

スタートの失敗とサービスの停止。立て直しの鍵は原点回帰

美濃部:今では多くの会社に利用されているPR TIMESも、その誕生には、様々なご苦労があったと伺っています。

山口:PR TIMESは、言ってみれば追い込まれて立ち上げたようなものでした。私は親会社のベクトルに取締役かつIPOの責任者として参画したのですが、ちょうどその時期は会社の転換点でした。業績が踊り場を迎え、IPOを目指すために事業を立て直さなければいけなかったんです。

当時、インターネットの発展に伴い、プレスリリースの時代は終わった、と国内外で言われていました。プレスリリースはそれまで手渡しやFAX、郵送で送っていましたが、Eメールの波及により大量にメディアに届き、スパム扱いされる状況になっていたのです。

そこで、次の時代の情報流通サービスをやろうということになり、プレスリリースではなく、記者が記事ネタを探せる「キジネタコム」というサービスを作りました。しかし、私が子会社の代表に就任した際、ローンチしたサイトはもぬけの殻のような状態でした。サイトはあるが、登録する人は誰もいないし、何ができるのかもわからない。即刻停止するのが、私の最初の仕事でした。

美濃部:立て直すためにまず何から始めたのでしょうか?

山口:そもそもプレスリリースは本当に機能不全なのかというところに立ち返りました。プレスリリースの原点は1906年のアメリカでの列車事故の事例です。当時、広いアメリカ大陸で列車事故が起きても、通信手段が発達していなかったために都合の悪い情報はもみ消すことができたといいます。しかし、噂は噂を呼び、鉄道会社への不信感だけが積み重なっていく状況。それを払拭するために行ったのが、事故の状況を開示するために、記者を事故現場に連れて行くことです。その時の配布資料が世界で初めて使われたプレスリリースと言われていて、それがニューヨークタイムズの一面に掲載されました。プレスリリースがきっかけで、噂ではなく正しい情報を一般の人に伝えることができたんです。

記者にとって重要な情報源の役割を担い、一般の人にも貴重な情報として伝わった。そんなプレスリリースの原点とも呼べる姿に回帰しようと考え、企業とメディア、その先にいる生活者の三者をつなぐサービスにしようと決めました。

スマホシフトでの急成長と、組織課題を打破したミッションステートメント

美濃部:原点回帰して立ち上げたPR TIMESはどのように成長していったのでしょうか?

山口:市場に受け入れられるまでは色々と試行錯誤がありましたが、いくつか転換点があり急成長していきました。もっとも大きな転換点は、生活者の利用デバイスがパソコンと携帯電話からスマートフォンにシフトしたことです。iPhoneの発売によって検索行動が急速に活発化し、PR TIMESのページビューも目に見えて増加したんです。企業が発信する情報がメディアだけでなく、生活者にも届くようになっていきました。

美濃部:SEO対策※で集客するようなコンテンツが増えて、生活者が本当に有益な情報に出会いにくくなってきたなかで、PR TIMESに掲載されている事実ベースの情報が、ユーザーの支持を得たんでしょうね。

山口:SNSの発展も成長に寄与したと考えています。クローズドなSNSのmixiからオープンなFacebook、Twitterの時代になり、自分の日常だけではなく世の中のことを共有したり、発信するようになっていきました。その流れでニュース、さらにはプレスリリースも共有されるようになっていきました。プレスリリースのサービスを私たちが始めた2007年と今を比べると、同じプレスリリースという言葉ではありますが、全く別のコンテンツになってきていますね。

美濃部:時代の流れにも乗って急成長を遂げましたが、苦労したことはありますか?

山口:組織を作っていくことが難しかったですね。事業自体、ニーズはあったので、大きくなるかもしれないと感じていました。一方で、私自身、イメージを言葉にするのが苦手で、ミッションを作って言葉で組織を引っ張っていくことができなかったんです。

順番としては、まず事業のコンセプト、組織のコンセプトだけで突き進んで、時期が来たらミッションを作ろうと思って走り抜けたのですが、コンセプトだけでは弱かったのが正直なところです。周りからもミッションがないことを指摘されつつ、額縁に飾るようなものを作るのでは意味がないと葛藤していました。美濃部さんには、ミッションステートメント作りに伴走いただき、根気強く付き合っていただきました。

美濃部:私自身がPR TIMESを活用して事業を伸ばして来たので、事業主にとってPRとPR TIMESが重要であることを理解していました。その価値を翻訳して、ミッションを作るお手伝いをしたかったんです。定義としてはPRの配信サービスですが、その「意味」を一緒に作りたかったんですね。私のユーザーとしての実感と山口さんが考えていること、そして今とこれからの世の中のことを考えて、30年間は続く意味を生み出したいと考えました。最終的に、「行動者発の情報が、人の心を揺さぶる時代へ」というミッションステートメントに辿り着くことができました。

山口:ミッションは作った瞬間に会社が変わるということではなく、徐々に浸透していくものだと思っています。実際に社内でも少しずつ変化が出てきていて、今では社員がミッションを語っています。重要な打ち合わせで私が営業同行に行った際、社員が作った提案資料の最初のページにミッションが書いてあったんです。上から変えるのではなく、一人一人が変わっていく、そういった変化を実感しています。

ミッションが大事なのは、Whyが重要な時代だから。戦略もビジネスモデルもHowの部分は模倣されてしまいますが、「なぜこの事業をやっているのか」という部分や会社としての物語は真似ができないので、競争優位の源泉になり得ると確信しています。

※SEO対策:検索エンジン最適化(Search Engine Optimization)対策。インターネット検索結果で自社サイトを上位表示させ、より多く露出させるための対策のこと。

言葉の壁がなくなる時代、日本発世界の配信サービスに

美濃部:最後に、今後の展望について教えてください。

山口:グローバル展開を最重要視しています。元々、2013年に中国進出を試みて失敗しているのですが、海外進出の必要性は当時よりもさらに大きくなっています。イメージとして、挑戦の機会というより、やらなければ競争優位を失うという感覚です。

翻訳技術が発達した今、かなり早いタイミングで言葉の壁がなくなります。これまでは、海外の伝統的なプレスリリース配信サービスが大きな資本をもって参入してきても言葉や文化の問題で競争優位性がありました。それが数年でなくなる危機感があるんです。言い換えれば、海外進出しやすい時代。そういった未来が確定しているのであれば、次の挑戦は成功させなければ、という思いです。

日本のインターネットサービスで海外でも成功している事例は少ないです。一方で、30年前まで、日本の製造業はグローバル展開に成功していた。我々も先人の知見を真似て、絶対に成功させたいです。

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