Editor's Discovery~老舗鰹節メーカーが挑むは、大手ひしめくペットフード業界。 焼津の地の利と中小企業だからこその工夫で切り拓く未来~

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2019.10.25
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全国には、より良い未来の実現のため、強い想いを持って新たな取り組みに挑む中小・ベンチャー企業が存在します。「Editor's Discovery」のコーナーでは、SOUL of Soldout編集部が実際に企業を訪れ、挑戦のストーリーをお伝えします。今回は、カツオやマグロの水揚げ量日本一を誇る静岡・焼津で、100年以上鰹節の生産を行ってきた株式会社金虎さんに伺いました。

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寺尾仁秀(てらお ひとひで)
株式会社金虎 専務取締役
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寺尾仁秀(てらお ひとひで)
昭和28年3月生まれ
静岡県焼津の創業107年の老舗鰹節屋の次男坊として、昭和51年から家業に従事。昭和51年明星大学心理教育学部卒。学生時代は野生日本猿の研究を手掛る。三代目社長(父)の急逝で現社長(兄)のもとで家業に従事。また焼津市レスリング協会会長および地元焼津のレスリングチームのコーチとして全日本で活躍する選手を育成中。

時代が良かった1999年まで。鰹節の需要増加に合わせて業績も伸長。

右:営業部営業1課 寺尾仁快さん
 

焼津駅に降り立つと、株式会社金虎専務取締役の寺尾仁秀さんと、息子で同社営業部営業1課の仁快さんが迎えてくれました。駅から数分、着いたのは漁港。冷凍されたカツオの陸揚げから、骨を取り除き、乾燥・燻製して削り、私たちがよく知る鰹節になるまでを見学させていただきました。100年以上続けてきた鰹節の生産。しかし今、金虎は新たな取り組みを始めようとしています。専務取締役の仁秀さんに詳細を伺いました。
 

焼津の地で100年以上続く鰹節メーカー

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ー金虎さんは、大正2年の創業と伺いました。仁秀さんが入社される前から代々、鰹節メーカーでいらっしゃるんですか。

はい、100年以上前から鰹節を作り続けてきました。焼津はカツオ・マグロの水揚げ量、取引金額が日本一。加工業者が大勢いる地域です。

昔は、カツオは夏しか水揚げされなかったため、夏はカツオの加工から削りまで行う鰹節屋をやり、冬は削りだけを行う削り屋をやって生計を立てていました。しかし昭和30年ごろになると冷凍技術が進歩して、カツオが冬でも水揚げ可能に。ちょうど高度経済成長期で鰹節の需要が伸びたこともあって、1年中鰹節屋をやるようになったんです。

私の父は旗振り役となって、近隣の鰹節メーカーと共同で水産加工団地を作りました。とにかく需要が伸びていたので、鰹節を効率よく大量生産できる体制をとったのです。

しかし設備投資をした直後、父が急逝してしまいました。売上よりも借金の方が多い状態でしたが、兄は家業を継ぐことに決め、当時大学生だった私もすぐに会社を手伝うことになりました。

右も左もわかりませんでしたが、当時は時代がよかった。遠洋漁業が盛んになってカツオの魚価が下がる一方で、鰹節の需要は右肩上がり。営業をしなくてもどんどん仕事が入ってきたんです。3、4年は問屋からの下請けをこなしていましたが、ある時ふと「問屋を通さず直販した方がいいんじゃないか?」と思いつき、北海道から九州まで渡り歩いて営業をかけました。問屋を通さない分安くなりますから、面白いように売上が上がり、業績がどんどん伸びていきました。

その後、様々な水産業者が出店する「焼津魚センター」ができた時、兄が出店しようと言いだしました。水産業者ではなく一般消費者が多く来場するのを見て、生鮮食品、しかも高級食材を扱ったんです。これが大当たりし、大きな利益を出す事業になりました。

 

事業の成長性を判断軸に、成功体験から脱却

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ー順調に売上を拡大して来られたんですね。

良い時代でした。しかし2000年ごろになると、これまで右肩上がりだった売上が、上がらなくなったんです。漁業者が大量漁獲をやめ資源管理をするようになり魚価が上がったこと、人口減や食のシフトで鰹節の消費量が減ったことが原因でした。

ちょうど同じころ、入社した若手に「この事業って成長性あるんですか」と聞かれたんです。彼は、ボストンコンサルティンググループが発案したフレームワーク、BCGマトリックスの話をしてきました。要は、市場成長率と市場占有率に基づいて事業を考えなければいけない、というものです。

両方の率が低い「負け犬」の事業をいくらやっていても業績は伸びないし、成長性がない事業は、今後負け犬になる可能性がある。これまで通り鰹節を売っていてはだんだん儲からなくなるので、成長率や占有率が高いものに経営資金を集中させるべきじゃないかと言う訳ですよ。

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ーすぐに若手の発言を聞き入れられたのですか。

最初はものすごく抵抗感があって。「そんなもん、安いが一番だよ」という感じが抜けきれなかったんです。ただ、今のやり方が悪いこともわかっていました。現状を打破するきっかけを掴もうと、個人で焼津の水産の歴史を調べ、振り返ってみました。

紐解くと、焼津はもともと水産業が盛んだった訳ではなく、鉄道が通ったことによって輸送の都合で漁港ができたことがわかりました。たまたま黒潮が入り込む地形だったので、陸運と海運の交点として拠点になったんです。

焼津は物流の拠点でもあり、情報の集散地でもありました。そのため、商売がうまく行くことも多いけれど、競合も多い。良い商売を見つけたとしても、儲からなくなるまでも早いんです。さらに、首都圏に近いため土地代や人件費も安くない。そういったことを考えていくと、付加価値の高いものを作っていかない限り、焼津の水産業の未来はあまり明るくないのだとわかりました。これまでの大量生産ではやっていけないと気がついたのです。

若手社員のいうことは正しかった。だから、成長性と市場占有率を軸にこれまでの事業を見直し、選択と集中で資金を投下する事業を決めていきました。

案の定、利益率の低かった鰹節の販売量を減らしても、企業の業績は変わりませんでした。今まで何をやっていたんだと思いましたね。さらにその中で、一時は大きな売上を作った魚センターへの出店をやめる判断もしました。オープン時は新鮮味があってお客さんもたくさん来ましたが、もうその勢いはない。今後の成長性を考えて、退店を決めたんです。

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ーご自身でも見直されて、意見を受け入れることにしたんですね。

私たちは、古き良き時代を過ごしてきた成功体験から抜け出せない時があります。ところが、そんな時代はとうに過ぎ去り、新たなビジネスに挑戦していかないと生き残れない時代になっているんですよ。若手が少しずつ会社を変えていくんだと感じています。
 

新市場に挑み気づいた、デジタルマーケティングの重要性

ー事業の整理をした後は、どういったことに取り組まれたんですか。

「ペットフードを作って欲しい」という要請が多かったことから、製造に乗り出しました。焼津にはツナ缶の工場も多く、ペットフードも作っていたんです。そこにトッピングする鰹節を作ってくれないか、という話が始まりでした。しかしメーカーと話すようになると、焼津にはペットフードの素材がものすごく豊富だということに気が付いて。本格的な製造ラインを組んだ方が良い製品ができるんじゃないかと思い、ペットフード市場に参入しました。

まず目をつけたのが犬のおやつ。原料のカツオはたくさんありますから、作ってみて販売を始めました。すると、あるコンサルの先生に「商品は面白いけど、誰をターゲットにしているのか」と言われたんです。その人がやっている東京のお店に呼ばれ、売れ筋だというサングリアを見せてもらいました。果物の入った瓶にワインを入れるだけで、スカイツリーでは1本1300円で売れるというんです。「君は絶対これを買わないだろうけど、私たちは働く女性をターゲットにして商品作りをしている。だから売れるんだよ」。それを聞いて、マーケティングがなぜ大事か、わかった気がしました。

ペットフードは大手の市場占有率が80%以上とかなり高いんです。商品の差別化が難しい中、大手は量産してコストを抑え、広告費をかけてイメージを作るので勝てないんですよ。その中で戦っていくには、同業他社が手出しできないようなハイレベルの商品を作って、コアなユーザーにターゲットを絞って売る必要があったんです。

また、Web広告を使いながらインターネットでの販売を強化しました。息子の仁快は元ソウルドアウトさんの社員で、学んだデジタルマーケティングの知識を生かしてくれました。実際、犬のおやつはホームセンターでは全然売れませんでしたが、オンラインで徐々にファンがついて売れるようになりました。
 

生き残りをかけた、自社ならではの挑戦を。

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ただ、おやつは市場が小さい。もっと大規模市場を狙おうと、ドライペットフードの生産に乗り出しました。ペットフード市場は、製造に必要不可欠な機械が高価で、ラインを組むのに数億円かかるので、大手以外は参入できないと言われていました。

しかし、中国に視察に行った時、高額な機械の小型版を見つけたんです。試作してみると、ちゃんとドライペットフードができる。購入できる金額だったので、これはと思い買って帰りました。それから社内で相談し、成長する可能性があると判断して、中国の機械を入れて大規模な製造ラインを組むことにしたんです。

ところが、実際に動かしてみると、機械はトラブル続き。材料を入れると途中でこぼれてしまって、床中に散らばる始末です。「だから誰も買わないんだ」とその時気が付きましたね。相談したのは、定年退職した技術者の友人でした。彼らは働く場所がないだけで、すごい技術力を持っているんですよ。「週3日だけでも来てくれないか」と頼み、地道に修理してもらいました。

すると、1年半で機械が正常に動くようになったんです。実は、大手企業もこの機械を使おうとしたそうですが、数年かけても直せなかった。それを彼らが直したんです。中小企業でもドライペットフードを作れるラインが出来上がりました。

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ー今後は、ドライペットフード市場に本格参入されるんですね。

鰹節に加え、このドライペットフードを売り出していこうと考えています。私たちの作るドライペットフードはアレルゲンフリー。しかも人間でも食べられるほど、新鮮なカツオの生肉を使っています。

こんなに新鮮な肉を使って生産できる業者もいないと思いますし、大手の大きい機械だと材料が詰まってしまって、生肉を使うことが難しいんです。ここ、焼津で大量生産せずにやっている中小企業だからこそ、作れる商品だと思います。今後も若手の意見を取り入れつつ、成長性のある新たな事業のタネをまき、しっかり育てていきたいです。

 

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編集後記

既存の事業にとらわれず、柔軟に新しい領域へとチャレンジしていく、仁秀さんの強いエネルギーを感じる取材となりました。そのチャレンジは必ずしも順風満帆なものではなく、思わぬトラブルや障害に直面していきますが、仁秀さんの熱意と情熱でそれを乗り越えていく様はまるで小説の物語のようでした。老舗企業が自社の強みを生かして大手企業に挑戦していく取り組みに今後も目が離せません。

 

パンくず

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